概要:有性生殖では雄を生産する分だけ、短期的には無性生殖より増殖速度が 半減する。この「有性生殖の2倍のコスト」にもかかわらず、なぜ多くの生物は 有性生殖を行うのか。性の進化と維持の問題は進化生物学の最大のテーマであ る。特に、アリやハチ、シロアリなどの真社会性昆虫の研究は、有性生殖と無 性生殖のコストと利益を明らかにする上で、きわめて重要な鍵を握っている。 真社会性昆虫の社会は血縁者に対する利他行動で成立しており、血縁度を考え るならば、コロニー内血縁度の低下を招く有性生殖より、いっそ無性生殖の方 が有利である。つまり、真社会性の生物では、ほかの生物にも増して単為生殖 によって得られる利益が大きく、それを凌ぐだけの有性生殖の利益、あるいは 無性生殖のコストが説明されなければならない。 近年、この謎解きに大きな道筋を開く発見が相次いで成された。アリとシロ アリで有性生殖と無性生殖を見事に使い分け、両方の繁殖様式の利益を得てい る種が発見されたのだ。これらの種では共通して、女王が次の女王を単為生殖 で生産し、一方、ワーカーは有性生殖で生産している。この使い分けシステム によって女王は自分自身の次世代への遺伝的寄与を増加させ、一方でワーカー 集団の遺伝的多様性は高く維持している。血縁度と遺伝的多様性のトレードオ フという観点から、真社会性昆虫にとっての「性」にまつわる様々なジレンマ について議論する。