シロアリで見られる高度な社会性は，職蟻，生殖虫，兵蟻の3カーストが各々のタスクを担うことで成立している。コロニー内のカースト比は様々な生態的要因を受容して変動しながらも，最適な比率を保つように調節されていると考えられている。コロニーの防衛を担う兵蟻は，幼若ホルモン（JH）量の上昇により職蟻から前兵蟻への脱皮を経て分化する。極端にタスクに特化し，不妊で，自力で摂食することすら不可能なため，コロニー内の兵蟻数の調節は厳密に行われる必要がある。兵蟻は職蟻のJH量を減少させることによって新規兵蟻分化を抑制することが示唆されているが，その至近的メカニズムは未だ不明である。そこで本研究では，兵蟻への発生過程で重要なJHに注目し，職蟻へのJH投与と形態形成との関係を調べると共に，兵蟻による前兵蟻分化への影響を解析し，兵蟻によるカースト分化調節メカニズムを明らかにすることを目的とした。

解析の結果，前兵蟻分化時，兵蟻の主要な攻撃器官である大アゴの伸長は，投与したJH量依存的に増加した。しかし兵蟻の存在下ではJHによる前兵蟻の分化誘導率は減少し，分化した前兵蟻の大アゴの長さは短小化した。従って，兵蟻により職蟻のJH量は減少し，兵蟻特異的な形態形成が影響を受けることが示唆される。そこで，前兵蟻への分化過程で，JH量の変動に深く関わると考えられるJH結合タンパク（ヘクサメリン）の遺伝子発現パターンを，前兵蟻への発生過程に沿って解析した。その結果，兵蟻の存在により顕著に発現量が増大することが示された。従って兵蟻による前兵蟻分化の抑制には，JH量の調節因子であるヘクサメリンの発現量の変動が関係することが強く示唆される。以上より，兵蟻が他個体の生理的変化を促し，新規の兵蟻分化を抑制するメカニズムを考察する。