| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨


一般講演(口頭発表) H1-06

アブラムシの翅型運命を決定する密度シグナルの解析

*石川麻乃,三浦徹(北大・環境科学)

生物は環境に応じて表現型を可塑的に改変させる。このような性質を表現型可塑性と呼ぶ。このうち、最も極端な現象である表現型多型では、生物は環境刺激に応じて形質を劇的に変化させ、複数の異なる表現型を生み出す。表現型多型の核となるのは、連続的な環境情報を不連続なシグナルに変換し、複数の表現型を生み出すスイッチ機構である。表現型可塑性や表現型多型の進化を考える上では、この機構を分子レベルで理解することが不可欠である。しかし実際の知見は殆ど無い。

アブラムシは春から夏の胎生単為生殖世代で、密度刺激に応じて有翅/無翅という翅多型を示すことが知られている。我々はこれまでソラマメヒゲナガアブラムシMegoura crassicaudaを用い、この翅型運命決定メカニズムの解明を進めてきた。本種では、母虫の受けた密度条件が卵巣内で子虫の翅型に反映される。我々は、この密度刺激がいつ、どのように胚に伝達され、どこで不連続な有翅/無翅シグナルに変換されるのか、また胚に密度情報を伝えるシステムはどのような性質を持つのかを明らかにするため、母虫に対して様々な時間の高密度処理を行った。産まれた子虫の翅型を継時的に観察した結果、1)胚発生最終期のクチクラ形成期前後が密度刺激の感受期であること、2)10分という短い高密度刺激でも産まれる子虫が有翅型に切り替わること、3)母虫が受ける高密度処理時間に応じて、母虫が有翅型を産出する期間が長くなること、4)翅型の切り替わり前後で中間型が産出されることが示された。このことから、母虫内には密度情報を反映するシグナル物質が存在し、それらが胚に感受される時点で既に不連続な情報に変換されていること、また、その物質は密度刺激に応答して即座に生じ、ある期間維持され、徐々に失われることが示唆された。


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