| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨 |
一般講演(ポスター発表) P2-268
アジアイトトンボの雌には交尾嚢と受精嚢と呼ばれる2つの精子貯蔵器官があり、受精嚢は細長い受精嚢管によって交尾嚢とつながっている。一方、雄は、他の蜻蛉目と同様に、副生殖器の先端に鉤状の付属器をもっているが、付属器が受精嚢管より短いため、付属器は受精嚢内に届かず、精子を直接掻き出すことはできない。ところが、交尾を中断して雌を解剖すると、受精嚢内の精子は減少していたので、掻き出し以外の精子除去機構の存在が推測されるようになった。このような精子除去機構を説明する最も有力な仮説は、神経刺激による精子の放出である。雌の内部生殖器の両側にある産卵板と呼ばれる板状の構造の表面には物理刺激を受け取る感覚子があり、精子貯蔵器官周辺の筋肉の動きを制御している。すなわち、産卵時に卵が卵管から産卵管に向かって動いてきた刺激を感覚子が受け取ると、その刺激は神経を経由して伝達され、受精嚢の周りの筋肉が収縮し、精子は放出され、受精が行なわれるのである。交尾中、雄の副生殖器の先端部は産卵板付近に挿入されているため、雄の腹部の運動は、卵の動きに擬態する刺激となり、受精嚢内の精子の放出を促している可能性がある。もしそうなら、副生殖器の先端部の幅が広く、感覚子に強い刺激を与えることのできる雄ほど、受精嚢内の精子を多く除去できるだろう。副生殖器の幅の広さと精子除去数に関係が見られるに違いない。そこで、交尾中断実験を行ない、雌体内の残存精子数と副生殖器の幅との関係を調べると、副生殖器の幅が広い雄ほど、受精嚢内の精子を有意に多く除去しており、受精嚢内の精子が神経刺激による精子の放出によって除去されている可能性の高いことが示唆された。実際の卵の幅と比較すると、副生殖器の幅はかなり広いので、雌は産卵時よりもかなり強い刺激を受け取っているのかもしれない。