| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨 |
一般講演(ポスター発表) P2-313
コイ科ヒガイ類は,生きた淡水二枚貝に卵を産みつけるという特異な繁殖様式をもつ.卵を抱えさせられた貝は,一方で卵を外敵から守るシェルターとして,他方で水流の供給によって卵の発生を補助するベビーシッターとして機能する.さて,ヒガイの雌は産卵管を貝の入水管に挿入して産卵するとされている(同時にオスの放精も起こるペア産卵を行う).ところが,入水管には異物の侵入を感知する物理センサーがついており,異常を感じると,ふつう貝は速やかに殻を閉じてしまう.したがってヒガイは,貝のセンサーに感知されない,あるいは感知されても閉殻前に卵を産み終えるような産卵様式を備えていると推測されるが,明らかにされていない.今回,われわれは後者を支持する結果を得た.
本研究では,水槽実験によって,ヒガイの産卵行動をビデオカメラと水中マイクを用いて観察・記録した.ヒガイの産卵行動シークエンスは,以下のようであった.まず,雌雄が貝の正面に並んで定位する.定位の間,雌雄間で発音が続く.その後,雌雄が揃って貝の入水管に向かって突進し,産卵管の挿入(0.05-0.10秒間)と放精が同時に起こる.このとき,雌は貝に激しく衝突するため,ほとんどの場合で貝は殻を閉じる.
30回以上の産卵行動のうち,貝の閉殻によってヒガイの産卵管が挟まれるケースは観察されなかった.したがって,ヒガイの産卵行動は貝の感知−閉殻反応より速い.この速さは,動きの速さだけでなく,産卵行動あたりの卵数の少なさともおそらく関係している.というのは,実験を行った各日について,産卵行動の回数と貝内から回収された卵の数はほぼ一致していた.つまり1回の産卵行動でわずか1つの卵しか産まない可能性がある.一方で,このような高速産卵の成否は,雌雄の“同調性”に依存するだろう.定位時の発音は,雌雄間の同調における鍵刺激なのかもしれない.