| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨 |
一般講演(ポスター発表) P2-318
霊長類を含む哺乳類にとって、捕食圧はその行動・社会の進化を考える上で重要である。樹上生活をする霊長類であるテングザルの主要な捕食者はウンピョウであり、夜間におけるウンピョウの襲撃に備えて、本種は夕刻になると必ず川岸の木で眠ると考えられてきた。なぜなら川岸は見渡しがよく、危険が迫れば対岸へと容易に川を渡ることで捕食者を回避するのに有利だからである。しかし、これを検証した研究例は未だない。本研究では、陸上性捕食者であるウンピョウの林内での移動が制限される洪水期に観察された、テングザルの泊まり場の劇的な変化の要因を検討した。2005年5月から2006年の5月にかけて、マレーシア・サバ州でテングザルの観察を行った。2006年1月から3月にかけて起こった洪水時には、それまで必ず川沿いで泊まっていたテングザルが、突然林内で泊まり始めた。テングザルの群れが森の中で眠る頻度と水位には正相関が認められた。一方で、洪水期と非洪水期の食物利用可能量及びテングザルの採食行動には大きな変化が見られなかったことから、泊まり場の劇的な変化は、餌資源量などの影響ではなく、水位が上がったことによる林内での捕食圧の軽減が、テングザルに森の中でも眠るという選択肢を与えたと考えられる。また、非洪水期には、テングザルの群同士は、川沿いにおいて近接して泊まることが多かったが、洪水期になると群は、林内に単独で泊まった。群がいくつか集まって泊まることは、捕食者回避には有利である。洪水期にテングザルの群が単独で泊まる機会が増えたということは、この時期に捕食圧が軽減したという可能性を示唆している(Matsuda et al., in press, Ecological Research)。