| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨 |
シンポジウム S06-3
ベイズ推定法の使用の適否に関しては現在でも議論が絶えない。対象とするパラメーターが反復生成可能なパラメーターであり,そこに事前分布が実際に存在する場合にはベイズ推定法に疑問をはさむ余地はないが,たとえば「東京が大阪の東にある確率」のように反復生成が不可能なパラメーターに対して事前分布を仮定する場合には問題が生じる。こうした事前分布の使用に対してR.A. Fisherは強く批判を行い,ベイズ推定法に代わるものとして最尤推定法を構築した。確率を主観確率としてとらえれば,ベイズ推定法の論理的問題は消えるが,客観性に基づく自然科学では主観確率を用いることができないため,ベイズ推定法の使用が妥当でない場面も多いであろう。しかし,そのような場合でも,ある条件を整えればベイズ推定法を活用することができる。最尤推定値は一様事前分布のもとでの事後分布のモードとほぼ同じであり,ベイズ推定値は一般に事後分布の平均値として計算されるから,一様事前分布を仮定したベイズ推定において,尤度曲線が正規分布に近ければベイズ推定値と最尤推定値はほぼ一致する。このため,ベイズ推定値を最尤推定値の近似として用いることができる。この場合にはAICなどを使ってモデル選択を行うことも可能である。ただし,パラメーターを適当に変数変換した上で事前分布として一様分布を仮定する方がよいであろう。野外の不確実性を組み込んでモデルを構築する場合には,最尤推定値を直接に求めるのが困難となる場合も多い。そこでYamamura et al. (2008; Popul. Ecol. 50: 131-144) では,エゾシカ個体数を推定する際にベイズ推定値を最尤推定値の近似として用いた。このような形でのベイズ推定法の活用は実際問題としては有効だと思われる。