| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨 |
一般講演(口頭発表) I1-09
特定外来生物であるモクズガニEriocheir属を侵略的外来生物の観点から解説する.チュウゴクモクズガニ(上海蟹)は海外では100年近く侵略的外来種とされてきたが,日本で法的対応が整ったのはここ数年である.しかし欧米と異なる日本の環境は全く考慮されていない.欧米の被害予測を適用するのも現実的でなく,欧米ではモクズガニとの差が理解されていない場合も多い.
チュウゴクモクズガニは低温に適応し,長距離を移動分散する通し回遊種である.大規模河川の河口にエスチュアリーが発達する,暖温帯-亜寒帯の港湾と河川に侵入する.幼生が船のバラスト水で運ばれたり未成体や成体が船体に付着し非意図的に導入される可能性も高い.小卵多産の繁殖形質により侵入可能性が供給源の状況に支配されるため,遺伝子流動と瓶首効果の傾向が認められている.定着後は回遊に伴い海域と淡水域を通じ急速に分布を拡大する.一方中華料理の高級食材であるため商取引が盛んで,意図的導入の可能性も高い.欧米では個体群の成長期に様々な経済的被害をもたらし侵入が警戒されている.生物多様性が低い欧米では空いたニッチに侵入し爆発的に増加したと考えられる.
一方日本では,同じニッチを占めるモクズガニが日本の環境に適応している.干満差の大きいエスチュアリーは有明海以外ほとんどない.生物多様性は高く,在来種との競合や天敵の存在も大きい.そのためチュウゴクモクズガニに最適な生息環境はほとんどなく,大きな被害も考えられない.しかし盛んな取引と養殖が行われる現状では,野生化する可能性を否定できず,法の監視は必要である.近年の分子系統学的研究からモクズガニ属の系統関係が解明され,2種の交雑可能性が高いことも明らかとなっている.日本では,在来のモクズガニへの遺伝子撹乱(密かな遺伝子浸透)を防止する観点から対策を考える必要がある.