| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨 |
一般講演(ポスター発表) P2-064
近年、全国各地でニホンジカ(以下、シカ)の増加はめざましく、これに伴う動植物への様々な影響が報告されている。シカ高密度地域では、陸域の景観要素として大きな存在の1つである下層植生がシカによって食べ尽くされ、裸地化した土壌表面が目立っている。本研究では、シカによる陸域の景観改変が水域へどのような影響を及ぼすのかを明らかにするために、防鹿柵によって丸ごと保護された流域内の渓流(保護区)と、その保護区に近接した対照流域を流れる渓流(対照区)とで水生無脊椎動物の群集構造、食物網の比較を行った。
対照区では、陸域由来の有機物(リター、有機質土壌)が、保護区に比べ渓流へ多く流入することが示された。これは、下層植生がもつ①土壌表面を被覆して土壌侵食を防ぐ、②障害物となって林床のリターの移動を制限する、という2つの機能が対照区で失われ、土壌侵食の進行、リターの移動量の増加が起きていることに起因すると考えられた。水生無脊椎動物の群集構造は、保護区と対照区とで、1次谷の渓流で明瞭な違いが確認された。土壌侵食が活発な対照区では、細粒堆積物に強い耐性をもつ掘潜型の動物が保護区よりも優占しており、多様性が低かった。また、動物体のC・N安定同位体比に着目すると、2・3次谷の渓流で、収集食者、濾過食者、捕食者の同位体比が、保護区よりも対照区でリター由来の有機物により依存した値を示していた。
シカによって下層植生が消失すると、土壌侵食、リターの移動が活発になり、1次谷の水生無脊椎動物の群集構造を変えるだけでなく、さらに下流の渓流へもたらす有機物の質を変える。陸域から流入する有機物の質の変化は、水域の食物連鎖内エネルギーフローの経路を変化させ、河川生態系における食物網構造へも影響を及ぼしている。