| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨 |
一般講演(ポスター発表) P2-313
新潟県佐渡島では、2008年から日本におけるトキの野生復帰に向けた放鳥がおこなわれている。本研究では、放鳥個体がおかれた餌環境の充足性を評価するため、2008から 2010年にかけ、日本(佐渡)の放鳥個体と中国(陝西省)にすむ野生個体の採餌パターンを比較した。
その結果、日本では餌エネルギー獲得効率は高いが、季節による変動も大きいことがわかった。これは、どの個体も年間をつうじてもっぱら水田にすむドジョウを食べるためである。これにたいし中国では、餌エネルギー獲得効率は日本より低いが、季節による変動は小さかった。これは、利用可能な餌場や餌生物の多様性が高く、個体や季節ごとに異なる餌場や餌生物が利用されるためである。また、中国の集団には成鳥だけでなく幼鳥もふくまれていたため、これらを分けて解析してみた。すると、成鳥が草地、水田、河川で年間をつうじ多様な餌生物を食べていたのにたいし、幼鳥は河川で「つかまえやすい」小型貝類ばかりを食べていた。これは、動きのはやい生物をつかまえるには、採餌経験の蓄積や身体の十分な発達が必要とされるためかもしれない。
これらの結果から、日本の放鳥個体がおかれた餌環境は、エネルギー獲得効率という点では恵まれているものの、長期的にはいくつかの弱点をもつ可能性が見えてきた。まず、餌場や餌生物の多様性が低いため、ドジョウの個体数の激減、あるいは大雪や干ばつによる水田の「機能麻痺」が起きた場合、トキが厳しい飢餓にさらされる危険がある。また、幼鳥が餌場に利用できる河川が少ないため、繁殖が成功しても巣立ち後の餌不足が生じる可能性がある。トキの野生復帰を実現させるには、こうした多様性という面における「食の豊かさ」も充足させる必要があるかもしれない。