北海道を代表する春植物であるエゾエンゴサク(Corydalis fukuharae)は、葉の形態や花序あたりの花数、果皮の模様などの外部形態に大きな種内変異がみられる。特に葉の形態変異はきわめて多様であり、小葉の数や小葉の葉縁の形状（葉の縦幅比、切れ込みの有無など）は集団間のみならず集団内でも大きな変異がみられる。葉の形態は生態学的、遺伝学的および生理学的背景を基に進化し形成されていると考えられることから、これらの葉形態の多様性について明らかにすることは春植物の進化過程を考察する上でも重要である。これまで本研究では葉の変異が集団によってどの程度異なるのか、またそれらに地域的な傾向があるのかについて北海道の約十数集団を対象に調査を行った。その結果、北海道東部の集団では集団内の葉形態の多様性が高いことやその他の地域と比較すると葉面積が小さく、小葉数が多い傾向になることが明らかになった。そこでさらにこれらの地理的な傾向が遺伝的な構造とどのような関係にあるのかを明らかにするために、葉緑体DNAを用いた遺伝解析を行った。北海道全域の約30集団から開花個体の葉組織を採取し、葉緑体DNAにおける8領域の塩基配列変異からハプロタイプを決定した。また、主に本州北部に分布し近年まで同種と考えられていたオトメエンゴサク（C. fumariifolia subsp. Azurea）に関しても同様に解析を行い、両種の遺伝的な関係についても考察した。遺伝解析の結果、北海道では道東とその他の地域ではハプロタイプが異なるなど地理的な遺伝構造があることが示唆された。