| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第59回全国大会 (2012年3月,大津) 講演要旨 ESJ59/EAFES5 Abstract |
一般講演(口頭発表) K1-12 (Oral presentation)
里山環境に代表される水田には多くの水生動物を育む代替湿地としての役割がある.しかし,水田は人為的な環境ゆえに農業形態や土地利用形態の変化とともに急速に変化し,農薬の使用,圃場整備による乾田化など,人為撹乱による水生動物への影響が懸念されている.こうした人為撹乱は,水田の生物多様性に負のインパクトをもたらし,食物網の歪小化を通じて高次捕食者の栄養段階を低下させる可能性がある.そこで,本研究では,水田生態系の高次捕食者と位置づけられるタガメの栄養段階を炭素・窒素安定同位体分析に基づいて推定するとともに,生物多様性を評価する指標として高次捕食者の栄養段階を用いることの有効性について検討する.
調査は,生息地ネットワークが保持され魚類が生息する水田群(多様性区)と圃場整備により魚類がほとんど生息しない水田群(攪乱区)を対象として,各水田群に生息するタガメの食性と栄養段階を比較した.栄養段階の推定に用いる安定同位体は,個体の食性履歴に関する情報を取得する有益なツールである反面,分析に際して対象個体を殺さねばならないのが欠点であり,特にタガメのような希少種への適用には倫理的問題が伴う.そこで,本研究では,タガメ幼虫の脱皮殻や成虫の中脚符節を部分採取し,非破壊的に栄養段階を推定する方法を採用した.
食性の直接観察の結果,多様性区においてタガメは魚類と両生類,攪乱区では両生類と昆虫類を主に捕食していた.安定同位体分析により栄養段階の推定を行ったところ,タガメの栄養段階は,発育ステージに関係なく,攪乱区に比べ多様性区において有意に高いことが判明した.興味深いことに,タガメの体長は多様性区より攪乱区で大きく,同じ体サイズで比較した場合の栄養段階の差はさらに顕著となった.以上より,水田生態系の生物多様性を評価する指標として,安定同位体に基づいて推定された高次捕食者の栄養段階を用いる方法論は有効である.