動物の雄交尾器の第一の機能は，雄から雌への授精である．しかし，その形態は系統間で著しく多様化しており，しばしば近縁種間でも大きく異なる．この雄交尾器の複雑化は，多回交尾を行う分類群に見られる傾向があり，雄交尾器の形態が性淘汰（主に精子競争）に与える影響から説明されてきた．しかし，雌交尾器に雄交尾器と対応する変異が見られる場合，雌交尾器の形態が雄の交尾成功に与える影響も考慮する必要がある．オサムシ科オオオサムシ亜属では，雄交尾器にフック状の交尾片，雌交尾器にポケット状の膣盲嚢があり，この２つのサイズと形状は著しい種間変異を示しながらも，雌雄間で相関している．交尾時に交尾片は膣盲嚢に挿入され，交尾器の結合を保持する．また本亜属では，多回交尾が普通に見られ，精包置換も報告されている．本研究では，オオオサムシ亜属に見られる雌雄交尾器の共進化の原因を特定するため，交尾器形態が異なるマヤサンオサムシ2亜種間（京都集団と信楽集団）で，1回交尾実験と2回交尾実験を行い，交尾器形態が授精と精包置換の成功率に与える影響を明らかにした．その結果，1回交尾実験では，交尾器形態は授精成功に影響を与えなかった．一方，2回交尾実験では，2番目の雄の精包置換は交尾片が短く，膣盲嚢が長いとき，すなわち交尾片と膣盲嚢の長さの差が小さいときに成功率が高まった．すなわち，交尾片と膣盲嚢のマッチングは，精子競争下において雄の繁殖成功を増加させるのに重要であることが示唆された．このように，本研究では，長い交尾片が授精や精包置換の上で有利であるという結論は得られなかった．交尾片が長い方向へ進化することに関しては，性的対立や種（個体群）間の繁殖干渉など，別の要因を検討する必要があると考えられる．