| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第61回全国大会 (2014年3月、広島) 講演要旨 ESJ61 Abstract |
一般講演(口頭発表) E1-05 (Oral presentation)
温度やCO 2濃度などの環境変動に対し,植物は気孔密度を変化させる。近年,シロイヌナズナを中心とした研究により気孔形成に働く遺伝子が明らかになってきた。その一つ,転写因子ICE (Inducer of CBF Expression)は気孔形成だけでなく,低温応答などに重要な働きをもつ。これは,気孔形成が環境応答と深く関わることを示唆するが,その実態は未だわかっていない。
陸上から二次的に水中に適応した水生植物には,著しい表現型可塑性を示すものがある。例えば,ヒルムシロ属のササバモは,水中で気孔のない沈水葉をつけ,陸上で気孔を持つ陸生葉を形成する。一方,その近縁種ヒロハノエビモは,表現型可塑性や陸上で生育する能力は持たないが,淡水から汽水域まで分布は広い。水生植物において陸生葉の誘導は,植物ホルモンのアブシシン酸(ABA)が関わることが示されている。ABAは陸上の植物ではストレス耐性の獲得やクチクラの発達に重要である。
本研究では,このヒルムシロ属植物を用い,生態的な多様化をもたらした表現型可塑性とストレス耐性の違いを解析した。ABA溶液中で栽培すると,両種はともに気孔のある葉を分化し,この葉ではICE遺伝子のmRNAが強く発現した。一方,塩や水ストレス栽培では,気孔分化とICEの高発現がササバモのみで認められた。この両種の異なるストレス応答性は,ABA生合成の律速酵素NCEDの誘導性の違いによると推定された。
ヒルムシロ属植物を含め多くの水生植物は,水中の重炭酸イオンを利用して光合成効率を高めている。水ストレスに対して気孔やクチクラを分化することは,水中での光合成には不利だが,陸上での生育を可能にする。一方,汽水域でも生育できる耐塩性を持つ植物では,ストレスによる気孔形成が起こらないことがより沈水生活に適している。