| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第61回全国大会 (2014年3月、広島) 講演要旨 ESJ61 Abstract |
一般講演(ポスター発表) PA2-062 (Poster presentation)
渓畔植性が豊かな水域では、増水時、渓畔植物の枝が水流によって水中に引き込まれ、多くの葉が水没している様子が観察される。このような生きた枝付きの水没葉は、水没後しばらくは新鮮さと構造的強度を維持しており、それを利用する水中無脊椎動物はほとんど報告されていない。
そのような枝付きの水没葉に潜孔する昆虫が、近年自然度が高い池沼や渓流で発見され、その潜孔葉から羽化してきたのは、ハスの浮葉の潜葉虫として京都で記載されたハスムグリユスリカ Stenochironomus nelumbus であった。ハスムグリユスリカはユスリカ亜科ハムグリユスリカ属の一種であり、水没した腐朽材や水没落葉に潜孔して摂食するハムグリユスリカ属において、生きた植物組織を利用する唯一の種と考えられている。これまでに京都以外にタイとインドで記録があるものの、その詳細な分布や水没葉の利用実態は明らかではない。本研究では、ハスムグリユスリカという種の実体と、その分布、及びその水没葉利用の実態を明らかにすることを目的とし、日本各地及び東南アジアの河川や池沼において、ハスムグリユスリカの探索と、得られたサンプルのミトコンドリアCOI遺伝子を用いた分子系統解析を行った。
その結果、ハスムグリユスリカは東アジアから東南アジアにかけて分布する遺伝的に均質な広域分布種で、ハスのみならず様々な植物種の水没した緑葉に潜孔する種であることが明らかになった。渓畔植物の枝付きの水没葉は、ハスムグリユスリカのみによって利用され、その潜孔を受けた葉は強度や耐久性が急速に低下し、枝から離脱する様子が観察された。このことは、ハスムグリユスリカが渓畔植物の水没葉の重要な死亡要因となるだけでなく、生葉を水中の分解連鎖に引きずり込む役割を果たしていることを示唆している。