| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨 ESJ64 Abstract |
一般講演(口頭発表) G02-03 (Oral presentation)
陸に棲むヤマタニシ上科(Cyclophoroidae)の巻貝はサザエのように固い蓋をもち、殻の出口を閉じて天敵や乾燥から身を守る。蓋で殻を密閉しても息ができるように、殻にはさまざまな構造が発達し、中にはダイビングで使うシュノーケルのような筒でガス交換をするものもある。成熟するまでの成長期間とくらべ、成熟してからの余命がいちじるしく長い。このため、ガス交換のための特殊な構造は、ヤマタニシ類のどのグループでも成熟直前につくられる。ムシオイガイ科(Alycaeidae)の場合は、筒の全体が殻の表面にはりついており、一方の端が殻の内側に向けて開口しているものの、外側には穴が開いていない。和名は、筒があたかもウジ虫がはっているようにみえることに由来する。この奇妙な構造は何のためにあるのか。150年にわたる謎を解くために、東南アジアに分布するムシオイガイ類の殻を壊しながら、走査電子顕微鏡で精査した。筒の外表は硬い石灰質でできており、かつて想像されたような微細な穴はみつからなかった。だが、殻の表面にできる成長脈のうち、筒と垂直につながる50本前後の成長脈だけが中空になっており、いずれも筒の中に向けて開口していることを発見した。このトンネルは直径が16μmほどで、筒の横から成長脈に沿って殻の表面を背中側から腹側まで半周し、そこで殻の外に向けて開口していた。成長脈の断面構造から、殻を伸長するときに、地層の褶曲のように表層を折り曲げてトンネルをつくることがあきらかである。筒の構造も、断面にみる褶曲やトンネルの構造も、属および種間で多様に異なるが、何本もの細長いトンネルが筒につながる構造は共通している。これほど細長ければ、天敵や寄生虫が侵入できず、体から蒸散する水分も最小限に減らせる。ムシオイガイのムシ(閉じた筒)は、陸上生活に適応した究極の構造であると考えられる。