| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


一般講演(ポスター発表) P2-C-100  (Poster presentation)

寒冷適応したカドフシアリの無翅女王におけるheat shock protein遺伝子の低温応答

*宮崎智史(玉川大学, 富山大学), 前川清人(富山大学)

幾つかの昆虫種では,特定の環境条件への適応の過程で新奇の表現型が進化してきた.日本全国に分布するカドフシアリMyrmecina nipponicaはその一例で,温暖な分布域では有翅女王とワーカーによってコロニーが構成されるが,本州の高山域や北海道などの一部の寒冷地では無翅の女王が有翅女王に置き換って繁殖するコロニーがみられる.有翅女王とワーカーの形質がモザイク状に組み合わされた無翅女王の表現型は,寒冷環境での繁殖に適応的だと考えられている.このような寒冷適応を可能にした分子機構はよく分かっていないが,ショウジョウバエ等のモデル昆虫種では,温度低下を経験した個体は熱ショックタンパク質 (heat shock protein: Hsp) を高発現させて低温ストレスを緩衝することが知られる.本研究では,カドフシアリの有翅女王と無翅女王のコロニー間で低温ストレス応答に違いがあると予測し,冬季の低温ストレスに対するHsp発現の応答を比較した.そこで,90日間の低温処理 (3°C) を施した後に14日間20°Cに戻して回復させ,その過程における主要なhsp遺伝子 (hsp90及びhsc70-4) の発現量の動態を調べた.その結果,他の昆虫種で知られるような回復期間でのhspの発現上昇はどちらのコロニーでもみられたが,無翅女王のコロニーの幼虫ではhsp90の発現レベルが有翅女王のコロニーの半分程度しか誘導されなかった.この結果は,本州と北海道の2個体群間で一致した.ただしこの時,hspの転写制御を担うheat shock factor (hsf) 遺伝子の発現や,HSFの結合配列であるheat shock elementシス制御領域に無翅女王のコロニーに特異的な変異はみられず, hsp90による低温応答がコロニー間で異なる機構の特定には至らなかった.本研究により,無翅女王のコロニーにおける幼虫でのみHsp90応答レベルが低いことが示され,それが無翅女王の寒冷適応に重要な役割を果たしたのではないかと示唆された.


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