| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨 ESJ65 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-105 (Poster presentation)
感染症を媒介する蚊は気候条件に応じてその生態を変えるため、感染症の潜在的なリスクは気候に対する応答を考慮した媒介蚊の個体群動態にもとづいて評価されなければならない。一方、感染症媒介蚊の個体群動態は主に熱帯・亜熱帯性に生息する蚊を対象とした研究が多くあるものの、温帯でも蚊が媒介する感染症の流行が懸念されている。しかし、温帯性の蚊の個体群動態は熱帯・亜熱帯性の蚊に比べ理解が進んでいない。温帯性の感染症媒介蚊であるヒトスジシマカは熱帯性と異なり、越冬のための休眠の生活史をもつ。この点に焦点をあて、本研究では卵休眠を考慮した温帯性の蚊の個体群動態を定式化した。また、降雨は蚊の個体群維持にとって正・負どちらにも影響を及ぼし、その強さは生息場所の環境に依存する。そこで降雨の効果に関係するパラメータを含んだ気候データ駆動型の個体群動態モデルを開発した。この際、東京で採取された実測の個体数データを用い、尤度を指標としてパラメータの推定を行った。また、降雨の正の効果の変動の有無と負の効果の有無が個体群動態モデルの予測精度に与える影響を明らかにするため、それらの要因の有無の組み合わせごとにパラメータ推定を行い、対数尤度でモデル出力値の予測精度を比較した。その結果、最も対数尤度が高くなったものは降雨の正の効果が一定、降雨の負の効果がない場合であった。ヒトスジシマカの発生時期と終息時期の対数尤度が最も高くなったものは降雨の正の効果が変動、降雨の負の効果がある場合であった。この2つの組み合わせについて将来気候値を入力して将来の個体群動態予測を行った結果、現在気候下での動態と比べてピーク時期が遅れ、発生時期が長くなった。温室効果ガス高排出シナリオにおける予測では、夏季の個体数が減少するという結果が得られた。この季節的消長の変化と個体数の減少は気候変動下での潜在的な感染症リスクを示唆するものである。