| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨
ESJ65 Abstract


シンポジウム S09-2  (Presentation in Symposium)

Cell-to-cell感染は多剤耐性ウイルスの出現を促進するか?

*佐々木顕(総合研究大学院大学)

 HIV感染に関しては、患者に複数の抗ウイルス剤を同時投与するのが一般的である。また、病原性細菌に対して、しばしば宿主集団内で異なる抗生物質の投与が行われ、多剤耐性菌の出現が問題になる。これらの多重抵抗性系統や多剤耐性菌の出現の確率(リスク)は、どのように評価できるだろうか? ここでは、ウイルス粒子を標的とする複数の抗ウイルス剤投与環境下での多重抵抗性が出現する確率、あるいは複数部位での突然変異によって始めて正の効果がでるような抵抗性の進化について、 cell-to-cell感染が果たす効果を理論的に解析する。
 ひとつの感染細胞内のウイルス粒子がcell-to-cell感染によって、隣接細胞に集団的に伝わる過程は、集団遺伝学的にみれば、集合性の強い動物が群れの分裂で生息域を拡大する過程と対比できる。本研究は、このような集団的分散のもとで、飛躍的進化が促進されるかどうかを理論的に探る研究とも言える。
 複数の抗ウイルス剤投与下で、感染可能なウイルス粒子を生産できるのは、それぞれの薬剤に抵抗性をもつ突然変異系統が重複感染した細胞だけである。Cell-to-cell感染のもとでは、このような相補的重複感染状態が、高い確率で、次の感染細胞に継承される。ここでは、相補的突然変異体の多型状態にある重複感染細胞系列において、二重抵抗性が出現するか、相補的突然変異体の一方の消失によって感染系列が絶滅するまでの過程を解析する。この過程はkilling項をもつ拡散過程で表現され、二重抵抗性出現確率の厳密解が導出された。その結果によると、cell-to-cell感染のもとで、多重抵抗性の出現確率は、cell-free感染下に比べ、(MOI)^2 倍にも上昇する。ここでMOIとはひとつの感染細胞内のウイルスの有効集団サイズである。つまりMOI=100程度で1万倍以上に上る極めて大きな効果となる。


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