| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨
ESJ65 Abstract


シンポジウム S09-3  (Presentation in Symposium)

ヒト集団の免疫により変化する適応度地形のもとでのウイルス進化動態

*立木佑弥(シェフィールド大学, 九州大学・理学研究院), Fengrong REN(日本医科歯科大学), 岩見真吾(九州大学・理学研究院, JST・さきがけ)

ウイルスの進化動態パターンを理解し、その進化生態学的メカニズムを理解することは、将来の流行株予測につながり、最適なワクチン株選定に貢献しうる。病原性ウイルスが感染すると、宿主体内で免疫応答がおこり獲得免疫によって再感染に対応する。これが宿主集団レベルで蓄積されるとウイルスにとっての適応度地形が形作られ、免疫応答から逃れる方向に進化すべく、抗原領域に変異を蓄積していく。本講演では、季節性インフルエンザに着目し、データベースより取得した抗原タンパク質塩基配列の進化パターンの解析と、そのパターンを生む進化生態学的メカニズムについて議論する。
 季節性インフルエンザは冬季に短期間で蔓延し、毎年多くの感染者を出す。感染が起こると体内では免疫応答により抗体が生産されウイルスの増殖を抑える。インフルエンザウイルスでは、ほとんどの場合ヘマグルチニン(HA)タンパクの特定領域が抗原として認識される。新規変異株と過去に流行した株の間でHAの抗原領域が似ていると、過去に生産された抗体による交叉免疫が作用するために、ウイルス増殖が抑制される。よってHA遺伝子がすばやく進化する。しかし一方で、HA遺伝子は標的細胞膜上のシアル酸の認識と細胞への吸着を担う膜タンパクであるため、この機能を担保することはウイルスにとって致命的に重要である。このことから機能保全と免疫回避を両立する変異株が将来の流行株になると考えられる。我々は、A香港型について、HA遺伝子の分子進化を塩基配列空間における運動とみなして解析し、進化動態を定量化する。その上で、免疫回避と機能保全の観点からHA遺伝子にかかる自然淘汰を数理モデル化し、シミュレーションによって塩基配列進化を再現する。その結果、ヒト集団に蓄積される免疫記憶と誘導される抗体の交叉免疫の範囲によってHA遺伝子の分子進化動態が規定されることを示す。


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