シロアリは、繁殖個体と非繁殖個体の間で行われる繁殖分業を最大の特徴とする真社会性昆虫である。シロアリのコロニーでは雌雄の生殖虫が他個体のカースト分化を制御し、生殖虫の数を適切に維持している。多くのシロアリ種では、労働を担う老齢幼虫（ワーカー）が様々なカーストへ分化し、特に生殖虫不在時には補充生殖虫へと分化する。この補充生殖虫の分化は、既存の同性生殖虫により抑制され、異性の生殖虫により促進される。シロアリでは、体内の幼若ホルモン（JH）の濃度変動がカースト分化運命を決定することが知られていることから、生殖虫の分化制御においても雌雄の生殖虫が個体間相互作用を介してワーカーの生理状態を変化させる機構があると予想される。そこで雌雄の生殖虫が個体間相互作用を介し、ワーカーのJH濃度を変動させることで補充生殖虫分化を制御するか検証するために、オオシロアリHodotermopsis sjostedtiを用いて、雌雄の生殖虫とワーカーの行動観察と、ワーカーのJH濃度について実験・分析を行った。
　雌雄の生殖虫それぞれと同居させた際のワーカーの行動を観察した結果、生殖虫は同居する異性のワーカーから高い頻度でグルーミングを受ける傾向にあった。さらに金網を設け生殖虫との直接接触を妨げると、生殖虫分化の促進や抑制が消える傾向を示した。JH測定実験では、オス生殖虫のみ存在下で、メスワーカーのJH濃度は低い状態を維持することが示された。一方、メス生殖虫はメスワーカーのJH濃度を高め生殖虫分化を妨げることが示唆された。また、オス生殖虫のみと同居した場合においても、JH類似体を投与することで生殖虫分化が阻害された。これらの結果から、オオシロアリでは雌雄の生殖虫が、グルーミングを介しワーカーのJH濃度を変化させることによって補充生殖虫分化を制御していることが示唆された。