| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨 ESJ65 Abstract |
第11回 日本生態学会大島賞受賞記念講演
菌類は、菌糸とよばれる微小な真核細胞で生活を営む微生物であり、分解や共生など生態系において不可欠で、かつ他の生物にはないユニークな働きを担う生物群である。しかしその多様性や生態の実態については不明点が多く、研究手法の方法論的な制約や、過去の研究蓄積が乏しいことなどもあって、動植物に比べると生態学的な基礎データが圧倒的に不足しているのが現状である。そこで私は、熱帯林から極地ツンドラに至る各種生態系を対象に、菌類の多様性および生態系機能と、その環境変化に対する応答を実証することを目的に、大学院生の頃から継続して20年にわたって現在に至るまで研究に取り組んできた。その結果、1)熱帯から亜高山帯に至る環境傾度において、微小菌類と大型菌類を対象として落葉分解に関わる菌類多様性と分解機能のデータを独自に広範に収集し、総合化した。その上で、落葉上でリグニン分解が実際に進行している漂白部に注目し、その発生状況と漂白に関わる菌類群集を比較した。温暖な地点ほど活発な落葉漂白が認められることと、より多様な菌類が漂白に関わることを実証し、これまで落葉分解研究で認められていたリグニン分解の緯度勾配を、分解菌の生態学的な側面から検証した。2)落葉漂白に関わる菌類の一部は、生きた葉に潜在する内生菌であった。内生菌群集を亜熱帯林・温帯林・亜寒帯林で比較すると、寒冷なほど種多様性は低くなる一方、宿主樹木との相互作用ネットワークにみられる特殊化の程度が増大することを示した。3)落葉漂白に関わる菌類の一部は、木材腐朽菌であった。木材腐朽菌群集を亜熱帯林・温帯林・亜高山帯林で比較すると、種組成は森林間で異なるにも関わらず、木材腐朽のパターン、すなわちリグニン・セルロース分解と窒素動態は、森林間で共通することを明らかにした。4)北極と南極において、植物リター(コケ類、ヤナギ類)の分解プロセスと菌類群集を比較し、菌類による分解パターンが両極の環境条件の違いを反映している可能性を指摘した。今後も野外生態調査による基礎データの記載を継続するとともに、操作実験による仮説検証を進める必要がある。また新たな分子生物学的手法の導入による研究手法の効率化、機能的多様性・系統的多様性の指標による多様性の多面的評価、多機能性や多様性−生態系機能の解明などが課題といえる。