| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨 ESJ66 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-088 (Poster presentation)
新規環境への適応には新たな形質を獲得する必要があるため、生物が現在の分布域内の環境と大きく異なる環境に進出することは容易ではない。淡水性の生物が河口付近まで進出するには、潮汐の影響による水位や塩濃度の周期的変動に適応しなければならない。そのため、河口付近の集団は淡水域の集団と異なり、概潮汐リズムをもつことで潮汐サイクルに伴う環境の周期的変動に対応している可能性がある。したがって、汽水域にも分布を拡げている淡水性の生物に着目すれば、概潮汐リズムの獲得やそれに伴う汽水への進出過程の進化的機構を検証できると期待される。本研究では、汽水域でも分布が確認されているチリメンカワニナに着目し、本種の汽水集団における概潮汐リズムの有無の検証と、概潮汐リズムの形成に関わる遺伝子の探索を目指した。淡水集団と汽水集団を用いて行動観察を行なったところ、汽水集団のみが潮汐サイクルと同じ約12時間周期の活動リズムをもち、満潮時に活発になる傾向がみられた。また、遺伝子発現の経時変化を調べるために、49.6時間にわたり3.1時間間隔で個体を固定し、RNA-seqにより各時刻の遺伝子の発現量を定量した。12.4時間周期で発現量が振動する遺伝子を検出したところ、その個数は汽水集団のほうが多かった。次に、0%と0.6%、0.8%の塩水に淡水と汽水の両集団の個体をさらし、塩濃度によって発現の変動する遺伝子をRNA-seqにより探索した結果、12.4時間周期で発現量が振動する遺伝子と重複するものがいずれの集団でも見つかった。汽水集団において、これらの遺伝子の多くは本種が活発に動く満潮時と低塩濃度条件下で高い発現量を示していた。以上の結果から、これらの遺伝子は活動量の上昇に関わるものと推測され、潮汐サイクルに同調したリズムの獲得が汽水への進出を可能にしたことが示唆された。