| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨 ESJ66 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-131 (Poster presentation)
集団遺伝構造は中立な集団動態もしくは自然選択によって形成され,植物種の小進化過程を考える上で重要な知見となり得る。その形成に際しては,気候や地形等の景観要因が集団間の遺伝子流動を制限する障壁となることに加え,特に狭い範囲においては種子や花粉の流動パターンが強く影響する。そこで本研究では,種の特性や個体の空間配置の遺伝構造への影響を検証するため,生育環境が「滝」に限定されるという特殊な生態特性・分布様式をもつユキノシタ科ユキノシタ属のエチゼンダイモンジソウ(Saxifraga acerifolia)に着目した。また,本種の分布する福井・石川の2水系には姉妹種のダイモンジソウ(S. fortunei)が河川沿いに連続的に分布している。これら2種を対象として葉緑体DNAハプロタイプ多型とゲノムワイドSNPsを用いた集団遺伝解析を行い,(1) 異なる河川間 (2) 同一河川内 の2つの地理的スケールにおいて,2種の空間的集団遺伝構造を比較した。
異なる2つの河川間においては,エチゼンダイモンジソウでのみ明瞭な遺伝的差異が検出された。同一河川内においては,エチゼンダイモンジソウでは滝ごとに隔離する分集団でそれぞれ異なるハプロタイプが優占しており,分集団間の種子による遺伝子流動は起こりにくいと考えられた。対照的に,連続分布するダイモンジソウでは水系内の分集団間で明瞭な遺伝構造は示されず,このことは種子の分散が活発であることを反映していると考えられた。一方,2種の遺伝的多様性・近交係数について,種間で大差は見られなかった。以上の結果から,エチゼンダイモンジソウにおいては「滝」という生育環境の厳しさが特に種子の定着を制限し,わずか1 kmの河川距離内においても集団間の遺伝的分化を生じたことが示唆された。さらに,集団サイズが小さいながらも遺伝的多様性が保たれていたことは,雄性先熟花などの外交配を促す生態的な特性に因ると考えられた。