| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨 ESJ66 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-384 (Poster presentation)
ニホンジカCervus nippon(以下シカ)の、分布拡大に伴う農業被害や生態系への影響が問題視されており、被害対策のためシカの分布拡大に関する調査は急務となっている。シカの分布拡大前線の一つである東北地方北部(青森県、秋田県、岩手県)は、シカの侵入初期にあたり、生息密度が低い。このような地域では直接観察や捕獲による生息数調査は困難であり、食痕や糞などを利用した間接的調査が中心となる。シカは地域ごとに異なるmtDNAハプロタイプを持つことが報告されている。このmtDNAハプロタイプを遺伝マーカーとして利用することで、分布拡大個体群の起源を推定できる可能性がある。本研究では、東北地方北部のシカ糞粒から抽出したDNAを分析してmtDNAハプロタイプを決定し、北海道、宮城県、山形県及び分布拡大以前(2006-2007年)の岩手県五葉山周辺地域のハプロタイプと比較することで起源集団の推定を行った。
解析の結果、東北地方北部のシカ個体群からは3つのmtDNAハプロタイプが検出され、系統解析やハプロタイプネットワークから大きく2つのグループに分けられた。起源推定のため各地域のハプロタイプ頻度を比較すると、分布拡大の前線地域では岩手県五葉山周辺地域で優占するハプロタイプが中心として検出された。さらに現在の岩手県北上高地南部地域と分布拡大以前の個体群間には遺伝的分化度Fst値に有意差が見られなかった。以上の結果から、東北地方北部の分布拡大個体群の起源は、分布拡大以前から五葉山周辺地域に生息していたシカ個体群であることが示唆された。
今後は、分布拡大最前線域のサンプルをより充実させ、核DNA分析も併用することで、さらに詳細な集団遺伝構造解析を行うことを計画している。また、起源集団や拡散経路のより正確な推定には、個体群の遺伝構造データに加え、地理的な環境要因、人為的要因等を合わせた解析を行う必要がある。