| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨 ESJ66 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-354 (Poster presentation)
牧草地や農地はシカにとって好適な餌場環境であり、個体数が増加し、更なる農業被害を生み出す可能性が指摘されてきた。しかし、農作物利用がシカの個体数の増加プロセスにどのように寄与するのかは不明な点が多い。本研究では、農作物利用がニホンジカの体サイズと妊娠の有無に与える影響を検証する。シカは若齢であっても体サイズが一定以上になると繁殖を開始し、妊娠の有無は栄養状態に左右されることが知られている。また、若齢個体では体サイズが大きいほど越冬生存率が上昇する。個体群動態の変動要因となるこれらの指標に農作物利用が与える影響を理解することは、農地がシカ個体数を増やすメカニズムの解明に繋がると考えられる。
本研究ではシカ個体の農作物依存度を定量評価する手法として、複数年の食性履歴を反映する骨コラーゲンを用いた窒素安定同位体比(δ15N)分析を用いた。2012-2018年12-5月に、シカによる農作物利用が多く確認されている長野県および群馬県で捕獲された105頭のメスのシカ個体およびシカの餌資源となる植物試料を収集した。安定同位体比分析を行った結果、自然下植物と牧草類ではδ15N値が大きく異なった。シカ個体の骨コラーゲンのδ15N値は-0.5~7.3‰の範囲で大きくばらついたことから、本調査地のシカの農作物依存度には大きな個体差があると考えられた。農作物依存度が体サイズ(最大頭骨長)に与える影響を検討した結果、1歳以上の個体ではδ15N値が高いほど最大頭骨長も大きくなった。続いて農作物依存度が妊娠の有無に与える影響を検討した結果、δ15N値は妊娠の有無に寄与しなかった。先行研究より人工的な草地が多い場所はシカの個体群増加率が高くなることが知られているが、こうした増加を下支えしているのは妊娠率の上昇よりも体サイズの増大による死亡率の低下である可能性が示唆された。