| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨 ESJ66 Abstract |
一般講演(ポスター発表) PH-26 (Poster presentation)
私たちは、学習実験によってコオロギの生得的行動の一つである音波走性を変化させる研究を行った。一般に生得的行動と習得的行動(学習行動)は対極にあるとされるが、遺伝子にプログラムされている生得的行動が変化し、違う行動を取るようになるということがあり得るのだろうか。私たちはこの問題を確かめるため、生得的行動の代表例であるフタホシコオロギの音波走性に注目し、研究を行った。改良を繰り返した自作の実験装置、録音した誘引歌(呼び鳴き)と食塩水(コオロギが忌避する)を使って、古典的条件づけ(感覚刺激と報酬/罰を連合させる学習実験)を行い、コオロギ群の中で音波走性が変化した個体の割合を測定した。
実験の前段階では、コオロギが誘引歌を再生した際にランダムに歩行しているのではなく、誘引歌に誘引されて歩行しているということが分かった。ここで誘引行動の客観的な判断基準を設定し、飢餓状態(水・餌を与えない状態)にしたメスのフタホシコオロギ80個体を用いて本実験を行った。学習前と学習後のコオロギの誘引割合を測定した結果、23.75 %から9.21 %に減少した。フィッシャーの正確確立法と独自の検定法を用いて考察を行ったところ、学習によって生得的行動である音波走性が変換されたと結論づけられた。つまり、食塩水の操作後のコオロギは条件づけ前に比べ、有意に誘引行動を示さなくなった。このことから、「誘引歌に対し誘引行動を示す本来の状態から、学習という操作によって、異なる状態にすることができた」という考察になる。
生得的行動は可変的であるか疑ってみる視点は非常に独創的であり、この研究によって微小脳を持つ昆虫であってもヒトと同様、本能行動に抗えることが証明できた。昆虫の行動をイヌの「しつけ」のようにコントロールする可能性すら見えてきたのである。
今研究では音波走性という生得的行動を変換することは可能であることが分かった。