| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
一般講演(口頭発表) E01-09 (Oral presentation)
脊椎動物の免疫反応を司る主要組織適合複合体(MHC)遺伝子は配偶者選択にも影響すると報告されており、環境適応や繁殖成功率のメカニズムの理解にもつながることから、保全遺伝学の分野で注目されている。ニホンイヌワシ(Aquila chrysaetos japonica)は絶滅危惧ⅠB類(環境省レッドリスト)に指定されている大型猛禽類で、保護増殖事業の対象でもある。野生下の繁殖成功率は減少を続けており、飼育下でも繁殖に成功しているつがいは限定されている。本研究では、飼育下のニホンイヌワシのMHC遺伝子と繁殖成績の関連を調べた。動物園で飼育されている10つがい、18個体の血液・細胞試料からDNAを抽出し、MHC Class II 分子をコードするDRB exon2領域を次世代シーケンサーIllumina MiSeqを用いて解読した。各つがいのオスとメスの血縁度、DRBアリル数、DRBアリルの共有率、遺伝子配列から予測されるアミノ酸残基の違いを算出し、一般線形混合モデルを用いて2010〜2019年の繁殖成績(産卵数、孵化率、受精卵の割合、抱卵中止の割合、里子の孵化率)との相関を調べた。解析の結果、雌雄間のMHC Class II分子のアミノ酸残基の違いが多いほど、卵の孵化率が高く(p < 0.0001, R2 = 0.8647)、抱卵中止率が低かった(p < 0.05, R2 = 0.249)。具体的な仕組みは不明だが、異なるMHCアリルを持つ「相性の良い」つがいの子どもは、保有するMHCアリル数が多いため、対抗できる病原体の種類も増えると予想される。これにより、孵化前の感染症による胚の死亡率が低下し、抱卵中止率が減少、孵化率が上昇すると考えられる。このようなMHCと関連した配偶戦略は多くの脊椎動物で観察されており、今回の結果は、ニホンイヌワシにおいても同様のメカニズムが働いている可能性を示唆する。本研究結果は、効果的な飼育下繁殖計画の立案および野生下の繁殖成功率減少の原因解明につながることが期待され、ニホンイヌワシの生息域内・外の保全に寄与するものと考える。