| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


第29回 日本生態学会宮地賞/The 29th Miyadi Award

ミジンコでエコデボを実践する:表現型可塑性の分子機構の解明とその環境科学への応用
Practicing eco-devo with Daphnia: exploring the molecular mechanisms of phenotypic plasticity and their application to environmental science

宮川 一志(宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター)
Hitoshi MIYAKAWA(Center for Bioscience Research and Education, Utsunomiya University)

 様々な環境シグナルに応じて表現型を変化させる表現型可塑性は、生物が環境に適応するための極めて重要な能力であり、その生態学的意義や進化要因の解明は古くから生態学や進化生物学の主要なトピックである。2000年代以降、S. Gilbertによって提唱された生態(進化)発生学(エコ(エボ)デボ)では、表現型可塑性の制御機構を分子・遺伝子レベルで解明することが生物の進化過程の理解において重要であると強調されている。さらにGilbertは、環境要因が個体発生過程をどのように改変するかという知見が個体発生異常の原因を探究する医学分野にまで波及するとしている。しかし一方で、表現型可塑性研究に用いられている多くの種が非モデル生物であり、発生制御機構の解析に必要不可欠な分子生物学的手法が乏しい点が課題であった。
 このような背景のもと、私はこれまで主に甲殻類であるミジンコを使用して表現型可塑性の発生制御機構を研究してきた。またさらに、表現型可塑性の制御機構が人為的な環境変化(環境汚染)により撹乱されることで、いわゆる「内分泌撹乱」が生じる可能性があるというエコデボ的発想から、内分泌撹乱物質の作用メカニズムの解明や内分泌撹乱物質の検出システムの確立など、環境科学・毒性学分野へ研究成果を展開してきた。
 本講演ではミジンコが示す様々な表現型可塑性の中でも最も有名なものの一つである、環境に応じた仔虫の性の切り換え現象(環境依存型性決定)を中心に、私が様々な分子生物学的手法を活用して解明してきたその発生制御機構についてまず紹介したい。続いて、それらの知見をどのように環境科学の分野に応用してきたか、その具体例を紹介することで、環境科学分野における(分子)発生生物学の重要性を議論したい。
 昨年開催された第6回国連環境総会にて、気候変動、生物多様性の損失、環境汚染の3つの世界的な問題の統合的な解決に向け、これらの複数の解決に貢献する相乗効果(シナジー)のある政策やプロジェクトの実施を推奨する決議案が、日本によって提案され採択された。生物と環境のつながりを分野横断的に議論するエコデボ的発想は、このシナジーを創出することにほかならず、昨今の世界情勢のもと今後ますます重要になってくると考えられる。


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