| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


第23回 日本生態学会賞/The 23rd ESJ Prize

日本で森林生態系のダイナミクスを研究する楽しさ
It is fun to study forest ecosystem dynamics in Japan

大手 信人(京都大学大学院情報学研究科)
Nobuhito OHTE(Graduate School of Informatics, Kyoto University)

 2001年に熊本県立大学で開催された48回大会で「生態系物質循環における生物要因」というセッションをやらせていただいたことがあります。その時の講演者募集の告知に、九州大学の久米さんと以下のような文章を書きました。
 「生態系物質循環の実態は、生物が物質を循環させるというよりは、循環する水や空気によって動かされており、生物はその流れの中で、あるときは他律的に、ときには自律的に物質を出したり吸い込んだりしているコンパートメントとしてとらえることができる」。
 とても不遜なもの言いで、今読み返すといろんな方々に失礼の段、お詫びしなければならないと思いますが、そもそも生態系の物質循環が何によって制御されるかと問われたら、生き物ですと答えるか、物理・化学環境ですと答えるかを議論してもあまり意味はなく、どちらも関与しているが、そのウエイトは時と場合によるということだろうと思います。
 集水域スケールの窒素循環のことを長いこと調べたり考えたりしてきましたが、アメリカの事例との比較をすることがしばしばありました。これはとにかく先行研究が北東アメリカに多かったからですが、日本の事例と比較することでどちらのウエイトが高いのか、なぜそうなるかを考えることになりました。同じ温帯の森林でも降水の季節パターンが全然違うことで、プロセスのウエイトが異なることが解りました。端的に言うと、夏に雨が多いかどうかということで、北東アメリカはそうではなく集水域は乾燥し、日本の多くの地域では、集水域は湿潤になるということです。これは、両者で水文学的な特性が違うということですが、たとえば動植物の成長する季節に水が多いか少ないかは、水そのものだけでなく養分物質のアベイラビリティに影響して、それら生物の生き方に違いをもたらすでしょう。私はこの違いを、集水域の養分物質の貯留や移動のことまでのマクロなレベルでしか議論してきませんでしたが、内部で起こっていること、つまり、たとえば土壌中の微生物による窒素代謝などの季節性の違いを明らかにすることなど、まだまだ面白そうなこととして残っていそうです。また、それが、植物のフェノロジーにどう影響するかとか、それが動物の行動に違いを与えるのかどうかなども。もっというと、研究者のものの見方も。  だから、夏に雨の多い日本の森林でこの研究が続けられたことは私にとって大きな幸いでした。これが現在の境地です。


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