| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


第13回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)/The 13th Suzuki Award

植物の空間構造がもたらす植食者への生態学的波及効果
Ecological consequences on herbivores triggered by spatial structures in plants

大崎 晴菜(東京都立大学)
Haruna Ohsaki(Tokyo Metropolitan University)

 ほとんどの植物は固着性である。定着した場所で生涯を過ごし、植食性動物をはじめとした多様な生物へ生息環境を提供する。また、植物の分布も周囲環境の影響を受け不均一になり、環境の異質性を生み出す要因となる。
 植物の不均一な空間分布から植食性昆虫の分布を予測する試みは古くから行われてきた。例えば、餌資源の密度が高い場所は見つけやすく滞在時間が長くなるため昆虫が集中しやすくなるとする資源集中仮説は、直感的にも妥当であり、広く受け入れられてきた。しかし実際には、植物の密度が高い場所を好む種もいれば、むしろ避ける種もあり、一貫したパタンは見られない。こうした種特異的な応答が生じる要因は、いまだ十分に解明されていない。
 従来の研究では、植物の密度を餌の空間配置として捉えてきた。しかし、多くの植食性昆虫は視覚よりも触角や跗節などの嗅覚・味覚に頼って宿主植物を識別する。人間の視点で可視化された空間構造だけでなく、化学的情報を使う昆虫の視点から彼らの分布を理解する必要がある。
 私は、植物間相互作用に応じた葉形質の化学的変化に着目した。植物の空間的不均一性は隣接する植物の種類や配置の違いを生み出す。植物の密度が高い場所では種内相互作用が起こりやすく、低密度では相互作用が起きない、または異種との種間相互作用に曝される可能性が高い。この隣接植物の組成の違いが植物の代謝の変化を引き起こし、昆虫の採餌応答にも影響を与えると考えた。実際に、エゾノギシギシを対象に栽培実験を行うと、種内相互作用に曝すことで葉のフェノール類の増加が誘導された。さらに、フェノール類が増加した葉は、ギシギシ類を宿主とするスペシャリスト昆虫のコガタルリハムシに選択的に食べられた。野外調査でも同様のパタンがみられ、宿主植物の密集による同種間相互作用がフェノールの蓄積を誘導し、フェノール類を嗜好するハムシの空間的集中を引き起こすことがわかった。
 このように、私は植物間の相互作用と植物―昆虫間の相互作用を化学的視点から統合し、生物の空間利用とその波及効果を理解する研究を進めてきた。講演では草食哺乳類のニホンジカを対象とした研究や、数理モデルを用いて進化的波及効果を検証した最新の研究展開にも触れる。聴講される皆さんとともに植食者の目線に立ち、植物が形作る化学的景観の生態学的意義について考えていきたい。


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