| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
第2回 日本生態学会自然史研究振興賞/The 2nd Natural History Award
私はこれまでに,トガリネズミ類を中心とする哺乳類に関する分類・分布・系統地理・基礎生態などを中心に研究活動を35年以上に渡り行ってきた.このような研究は生態学の最先端の話題ではなく古典的研究であると軽視されがちである.しかし,記載的・網羅的な研究は生態学の発展には必要不可欠であると私は確信している.そして,これから生態学を目指している若い研究者にも,このような基礎的で地道な研究の重要性を認識してもらいたいと願っている.
さてトガリネズミとは,広義には真無盲腸目トガリネズミ科の小型哺乳類のことである.トガリネズミ科には合計454種が知られ,哺乳類のなかでは4番目に大きな分類群である.狭義のトガリネズミ類とは主にユーラシアと北アメリカの冷涼な地域に生息するトガリネズミ亜科のことを示し,その種多様度は北東アジアがもっとも高く,最大10種が同所的に共存している.このようにトガリネズミは狭い地域に多くの種が共存しており,種間競争や共存機構,種分化を研究するのに良い対象の一つである.日本列島には12種のトガリネズミ科動物が生息し,このうち北海道には4種のトガリネズミ亜科動物が生息している.
本講演では,はじめに北海道産のトガリネズミ群集に関する現時点での種間関係に関する研究,つまり地理的分布,行動圏,餌利用,空間利用,種間攻撃性などの生態学的な研究を紹介する.次に過去の群集成立過程を知るための系統地理学および集団遺伝学的な分析,古生物学的研究を紹介する.これらの研究成果を総合すると,トガリネズミ群集の成立には環境変動と潜在的な競争者が関与していることが示唆された.
一方,主にユーラシアとアフリカの温暖な地域に生息するジネズミ亜科動物は,しばしば人間活動に帯同することが知られている.そこで人間の活動と動物の分布の変化の関係を調べるために,ジネズミ類の人為的な移動に関する系統地理学的研究や全ゲノムによる集団解析を行った.日本列島に分布が限定されるニホンジネズミでは,東日本から北海道に,九州から韓国の済州島に人為的に移入されたことを示唆する結果を得た.一方,インド洋沿岸域に広い分布域を示すジャコウネズミも,人間の活動に伴って何度も複層的な移住を繰り返してきたことが示された.
このほか,時間があれば土壌生態系でのトガリネズミの役割や唾液に含まれる毒に関する共同研究などについても紹介したい.