ESJ56 一般講演(口頭発表) F2-03
沖津 進(千葉大学園芸学研究科)
日本の植生史研究では,産出したカバノキ属(Betula)の花粉や大型遺体について,あまり積極的に認識されてこなかった.この背景の一つとして,カバノキ属樹木の現在の生態分布が,十分には把握されていないことが上げられる.本報告では,日本の植生史と深く関わりのあるカバノキ属樹木をとりあげ,日本と極東ロシアにおける観察から分布生態を概観する.極東ロシアにおいてツンドラからダケカンバ林に至る大陸−海洋性気候傾度に沿ってカバノキ属樹木の分布をみると,B. ovalifolia/middendorfiiはツンドラには現れず,グイマツ閉鎖林に分布する.B. ermaniiは海洋側のエゾマツ林,ダケカンバ林に限って分布する.湿原ではB. ovalifolia/middendorfiiが卓越する.いっぽう,乾燥した内陸域ではB.davuricaが極相林をつくり,B.platyphyllaも分布量が多い.このように,Betula属樹木の生態分布はかなり異なっている.このことは,植生史を復元する場合,花粉分析でBetula属に留めておかずに,大型遺体を利用して,種レベルまで同定を進める必要があることを示している.日本ではB. ovalifolia/middendorfiiと B. ermaniiとを区別することが重要である.この両者によって復元される植生は,それぞれ,大陸にみられるグイマツ閉鎖林や湿原と,海洋側のエゾマツ林−ダケカンバ林という,全く異なるタイプのものであるからだ.また,B.davuricaとB.platyphyllaを種レベルで同定することも,最終氷期寒冷・乾燥気候下の森林を復元する上で重要である.