ESJ56 一般講演(ポスター発表) PA1-044
竹原明秀(岩手大・人文社会・生物)
東北地方の山地湿原は奥羽山脈から日本海側に分布し,太平洋側にはきわめて少なく,その発達面積も狭い。また,太平洋側にある山地湿原のほとんどは緩斜面の谷底面に発達する谷湿原で,スゲが主体とする低層湿原に該当する。日本海側にみられるムラサキミズゴケを主体とする高層湿原やワタミズゴケを主体とする山地貧養湿原はほとんど発達せず,湿原植生を代表するヌマガヤが生育しない特徴がある。ここでは北上山地に分布する小規模な谷湿原にみられる湿原植生を紹介し,奥羽山脈にある山地湿原の植生と比較する。
岩手県内の北上山地に分布する湿原には北から櫃取湿原(海抜1000m),猿屋裏湿原(1010m),大森の大谷地(970〜980m),琴畑湿原(670m),和山湿原(800〜830m)などがあり,いずれも小さな沢に沿って発達した谷湿原で,細長い形状を成し,面積は1ha以下で非常に狭い。有機物を含む泥土(泥炭)層は櫃取湿原で表層から深さ150cmまで堆積しているが,ほかの湿原ではほとんどみられず,真砂土が厚く堆積している湿原もある。これらの湿原に発達する植物群落にはスゲが優占するものがほとんどで,ヤチスゲ群落,ミズギク−オオミズゴケ群落,ヤマアゼスゲ群落,アブラガヤ−ウロコミズゴケ群落,ミツガシワ群落,カサスゲ群落,ヤマドリゼンマイ群落などがある。これらにはヌマガヤ,ワタスゲ,ツルコケモモ,イボミズゴケ,ワタミズゴケなどは出現せず,ヨシが優占する群落もほとんどみられない。これらのことから,北上山地にみられる湿原は谷底の平坦面に発達する渓流辺植生に類似する群落からなり,流水によって涵養され,ほとんど泥炭を形成しない性質を持っているといえる。これらの特徴は奥羽山脈にある山地湿原と形成過程,維持機構,発達する植生が異なることを示唆している。