ESJ56 一般講演(ポスター発表) PA2-470
*山口正樹(神戸大・院理・生物), 工藤洋(京大・生態研センター)
隠蔽変異とは、通常の生育地環境の範囲を超えた特殊な条件下でのみ表現型に現れる遺伝的変異である。隠蔽変異は、安定した環境下では、中立変異として集団に蓄積することが予測できる。しかし、野外生物集団において隠蔽変異の蓄積量を実測した例はほとんどない。阻害剤で分子シャペロンHSP90の働きを低下させると暗黒下の胚軸長に隠蔽変異が現れることを利用して、野外集団における隠蔽変異の定量を行った。さらに、HSP90が変異を隠蔽する機能は熱ショックにより低下することが知られているので、野外の生育地環境の違いに依存して隠蔽変異の蓄積量が異なるかどうかを調べた。シロイヌナズナ属のArabidopsis kamchaticaには、温度環境が異なる場所に生育する2亜種が知られている。砂浜に生育するタチスズシロソウは高山のミヤマハタザオに比べて熱ショックを受ける頻度が高いため、集団に隠蔽変異が蓄積されないと予測した。実験の結果、ミヤマハタザオの一部集団でのみ隠蔽変異が見られ、HSP90の働きが関与した隠蔽変異が蓄積され得ることが明らかになった。隠蔽変異が見られなかった集団については、それが生育環境によるものなのか、ボトルネックなどの集団プロセスによるものなのかを、中立遺伝マーカーを用いて判定する必要がある。ミヤマハタザオ集団の隠蔽変異が中立的に蓄積しているのであれば、サンプリング範囲を広げると変異の量が増大すると予測し、サンプリング範囲を変えて実験を行った。その結果、通常の表現慶変異量がサンプリング範囲を変えても増大しなかったのに対して、ミヤマハタザオでは広域にサンプリングするとHSP90を阻害した場合の変異量が増大した。このことは、胚軸長の通常の表現型変異には広範囲で安定化淘汰が働いているのに対し、蓄積された隠蔽変異は中立であった可能性を示唆している。