ESJ56 一般講演(ポスター発表) PA2-507
細 将貴(東北大・生命科学)
カタツムリの巻き方向は,逆転することによって交配前生殖隔離機構として働く。逆転が集団中に固定するためには,逆巻きの交配相手がほとんどいないという出現初期の非適応的な状況を克服する必要があるため,逆転が進化することは滅多にない。そのため,ほとんどの地域で右巻きの種が圧倒的に優占している。セダカヘビ科のヘビ類は,優占する右巻きカタツムリに特化していることで知られる唯一の捕食者である。そしてこの捕食者との共進化の結果として,左右反転による左巻きカタツムリの進化が促進されていることが,私たちのこれまでの研究によって示されてきた。しかし,共進化の当然の帰結として期待される,セダカヘビによる左巻きカタツムリに対抗した捕食行動は,観察されていない。
セダカヘビの非合理的な捕食行動が維持されている機構を説明するため,本研究ではまず,1.野外で頻繁に出会うことが予想される左巻きのカタツムリと,2.出会うはずのない無殻のナメクジを与えるという行動実験をおこない,巻き方向をセダカヘビ類が認識できるかどうかを確かめた。さらに,巻き方向を認識する際にエラーが避けられないことを仮定したモデルを作り,簡単なシミュレーションをおこなった。その結果,現実的なパラメーター範囲においては,最適採餌戦略との兼ね合いのため,視覚情報が制限されている限りセダカヘビには左巻きカタツムリへの合理的な対応が進化しない可能性が示された。この事例は,エサ生物は捕食者からの選択圧に従順に対抗して適応進化する一方で,捕食者は最適採餌戦略に従ってエサ生物を変更していくという,捕食者被食者間の相互作用に一般的であろう共適応の非対称性を反映しているのかもしれない。