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ESJ56 一般講演(ポスター発表) PB2-657

栄養繁殖を主とする植物の生活史

*冨田美紀(静岡大学理学部大学院),増沢武弘(静岡大学理学部)


日本の高山帯に生育するムカゴトラノオは花茎に有性生殖である花と無性生殖であるムカゴをつける多年生草本植物である。しかし、花は開花してもほとんど結実せず、繁殖は種子ではなく、主にムカゴを用いた栄養繁殖が行われている。この植物のように周北極地域に分布の中心を持つ植物が、分布の南限である日本の高山帯でどのような場所に生育し、どのような生活史を送っているのかを明らかにすることを目的とした。

調査は中部山岳地域の南アルプス南部に位置する荒川三山の前岳南東カール内で行った。ここは、消雪時期の違いにより、同じムカゴトラノオでも生育期間が大きく異なっている。ムカゴトラノオは標高2,885m付近の高山高茎植物群落から標高2,820m付近のカール底植物群落に主に分布している。ムカゴトラノオのフェノロジーについて、花茎の有無と花とムカゴの存在、着葉数と葉の長径・短径、SPAD計を用いて葉緑素量を測定した。また、個体群について調査した。

高山高茎植物群落では7月初旬に展葉し、9月は葉をもつが花とムカゴは落ち、10月に葉が枯死した。カール底植物群落では、7月初旬はまだ展葉しておらず、8月、9月に葉をつけ、10月に葉が枯死する。8月の葉は高山高茎植物群落で最大葉のサイズがカール底植物群落より大きかったが、葉緑素量に違いは見られなかった。したがって、葉のフェノロジーは高山高茎植物群落とカール底植物群落で、約1ヶ月の差が生じていた。

個体群では、高山高茎植物群落では平均で8個体が花茎をつけたが、カール底植物群落では花茎をつけた個体は存在しなかった。

ムカゴトラノオはムカゴという栄養繁殖手段を持つと同時に、より生育期間の短い場所においては繁殖の回数を減らすことで個体群を維持する生活史を送ることによって、より厳しい環境に適応していると考えられる。


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