ESJ56 一般講演(ポスター発表) PC2-785
林 文男(首都大・生命)
カワトンボ類ではオスによる精子の掻き出し行動がよく知られている.オスはまずメスの交尾嚢(球状の袋)とそれに続く受精嚢(管状の袋)に貯えられている精子を掻き出してから自身の精子を注入する.そのため,オスは特殊な形状の交尾器を発達させている.先端部に返しのある耳かき状の部分で手前の交尾嚢の精子を掻き出し,左右に突出する細長いブラシ状の突起でさらに奥にある受精嚢の精子を掻き出す.しかし,メスの受精嚢は途中から左右に分かれてY字管になっている.一方,オスの交尾器のブラシ状突起は,耳かき状の構造の左右に付くため,メスの受精嚢内の精子を掻き出すためには左右のブラシ状突起を別々に使うしかない.この雌雄の交尾器の構造上の不一致については,これまで誰も注目してこなかった.そこで,カワトンボ類(Family Calopterygidae)のオスの交尾器の比較形態学的研究を行った結果,左右対称な交尾器を有する種から左右非対称な交尾器を有する種まで様々であることが明らかとなった.中でも,ミヤマカワトンボ,ハグロトンボ,リュウキュウハグロトンボのオスでは,左突起が外側に突出するように交尾器全体が歪んでいた.併せてメスの精子貯蔵器官の形態についても比較した結果,交尾嚢に比べて受精嚢がよく発達している種ほど,オスの交尾器の左右のずれが大きくなる傾向が認められた.交尾中断実験や交尾器の部分切除実験から,左右に歪んだオスの交尾器では左側が機能的となっており(左利き),メスの精子貯蔵パターンに対応してオスの交尾器の左右非対称性が発達した(Y字管の両方は無理だが片側だけでも確実に掻き出せるようになった)と考えられた.また,分子系統樹上で,左右非対称性が少なくとも2回進化したことが明らかとなった.