ESJ56 シンポジウム S03-4
*飯田真一(森林総研), 田中 正, 杉田倫明(筑波大学)
筆者らは,近年,衰退が著しい関東平野のアカマツ二次林を対象として,植生遷移の進行に伴う森林水循環の変化を観測に基づいて評価してきた.観測対象としたのは筑波大学陸域環境研究センターのアカマツ二次林である.現在,同林分はシラカシやヒサカキを主体とする常緑広葉樹林への遷移過程にあり,これらを下層林冠とした複層林の様相を呈している.アカマツ単純林であった1985年およびアカマツと常緑広葉樹の複層林状態にある2002年に集中観測を行い,両者の水収支の差異を検討した.
全蒸発散量には両年で有意な差は見られなかったが,全蒸発散を構成する遮断蒸発と蒸散に大きな差が生じていた.全蒸発散に占める遮断蒸発の割合は33%から18%に減少しており,これは2002年の樹幹流下量が,下層木の排水性の高さを反映して著しく増大したことに起因していた.一方,アカマツの蒸散は54%から18%に減少し,2002年では下層木の蒸散が全蒸発散量の47%を占めていた.
下層木の卓越した蒸散量は,アカマツに被陰された劣悪な放射環境にあるにも関わらず,水利用競争において下層木が優勢であることを示している.このことは,アカマツと比較して下層木の排水性は高いため,樹幹流として下層木の根系周辺により多くの雨水が集中的に浸透することと調和的である.
アカマツと下層林冠を形成するシラカシ供試木周辺の土壌水分ポテンシャルの鉛直プロファイルを長期連続測定した結果から,アカマツの吸水深度はシラカシよりも深いことが明らかとなった.アカマツの根系は地下水面付近まで発達しており,雨水の獲得競争に敗れたアカマツが水分を求めて根系をより深部にまで拡大させた可能性が考えられる.これまで,筆者らは主に水循環の側面から観測結果を解釈しており,より生態学的な視点からの指摘を頂ければ幸いである.