ESJ56 シンポジウム S17-1
小平真佐夫(知床財団)
北海道ではヒグマ(Ursus arctos)と人の軋轢が絶えないが、クマの個体群動態を考慮した管理や保全はいまだ確立していない。それは人口学的な観測データが不足しているためである。しかし森林に生息し低密度に分布するヒグマ等の生物では、これらのデータは多大なコストをかけても得られにくい。特に、ヒグマ成獣の死亡はそのほとんどに人が関与していながら、未確認捕獲(申告のない合法捕獲、違法捕獲)が不確定要素となっている。本報告では知床半島のヒグマ個体群を対象に、クマの死亡確認率100%(確認捕獲数=真の死亡数)の場合、50%(2*確認捕獲数=真の死亡数)の場合を考えることで未確認死亡を分析に組み入れ、不足データを他地域個体群のもので補い、その動態の分析を試みた。知床半島では保護区内のヒグマ個体数が増加傾向にあり、保護区外では農地・住宅地周辺でクマと人の軋轢が慢性化している。地元の斜里町・羅臼町では駆除・狩猟による捕獲数を記録しているが、未確認捕獲があることは否定できない。我々は1990-2004年の15年間に、知床国立公園内で個体識別可能なメス成獣13頭をのべ67メス年観察し、51頭の0才子を確認した。平均産子数は1.594頭(n = 32)、出生率は0.604頭/メス年(メス子は0.302)であった。死亡数に関し、1985-2004年の20年間に両町で確認された捕獲数は年平均12.9頭(メス成獣のみでは年1.9頭)であった。メスのみの行列モデルを様々な個体数(Nf)を想定して作成した結果、Nf >= 200の場合、死亡確認率に関わらず個体数は増加を示した。Nf=150で死亡確認率50%の場合、個体群成長率の95%信頼下限は1を下回った(0.986-1.150)。本モデルは個体群管理にメス成獣の捕獲上限数を導入する際の基本的枠組みを示唆している。