ESJ56 シンポジウム S24-3
高橋 誠(森林総研),平岡宏一,戸丸信弘(名古屋大)
森林へのニーズの多様化や環境への意識の高まりに伴い,広葉樹植栽の機会が増大してきたが,広葉樹植栽に用いる種苗の地域系統まで配慮されることはこれまで少なかった。広域での無秩序な種苗の移動は地域固有の遺伝変異を乱す一因であることから,近年では広葉樹種苗を適切に取り扱うために,種苗配布区域の設定や地域性種苗の活用が論議されている。ブナは,冷温帯落葉樹林の代表的な樹種であると共に,すでに多くの系統地理学的な情報が蓄積されており,このような問題を論議するのに適している。
本発表では,ブナの分布域全体をほぼ網羅した,23集団798個体について14座の核SSRマーカーを用いて解析した結果と,421地点2,525個体について葉緑体のtrnQ-trnS,trnK及びtrnL-trnFに座上する16の葉緑体SNPマーカーを用いて解析した結果を統合して,核と葉緑体,両ゲノムの系統地理学的構造を考察し,加えて産地試験地において開葉フェノロジーと葉面積といった形質を調査した結果にもとづき,ブナの種苗配布区域の試案を提示する。
核SSRでは,ブナは日本海側と太平洋側の系統に大別された。葉緑体ハプロタイプは大きくクレードI〜IIIの3つの系統に大別され,一部の境界地域を除き,クレードIが日本海側系統,クレードIIとIIIが太平洋側系統に相当した。ブナの産地試験地での調査結果でも,太平洋側と日本海側の系統では開葉フェノロジーや葉面積が顕著に異なる。これらのことから,太平洋側と日本海側は異なる種苗配布区域とすべきであると考えられる。また,葉緑体ハプロタイプの地理的分布パターンと核SSRのSTRUCTURE解析(K=3やK=4)の結果から,さらにいくつかのサブ区域に区分することが望ましいと考えられる。