ESJ56 企画集会 T02-1
伊藤 桂(JSTサテライト高知/高知大・農)
これまでの休眠研究では、気候や温度条件などの非生物的環境に対する適応という点が重視されてきた。たとえば、臨界日長の地理的変異を調べて、気候に対する適応という観点から論じる研究などが多かった。しかし、そこから発展させて、同種や別種の他個体との相互作用に対する影響について踏み込んだ例はきわめて少ない。実際には、ある生物種の休眠を介して、他の生物のフェノロジーが変化することが十分考えられる。すなわち、休眠を単なる活動休止期間としてではなく、生態系の中で積極的な機能を持つものだという認識を持つことが必要である。
個体の適応度に関して、休眠が適応度に及ぼす影響に関してレビューしてみると、休眠中の代謝による産卵数の減少などのコストがいくつかの昆虫で報告されている。また、産卵数などの適応度形質との遺伝相関(トレードオフ)が発見されるケースもある。これらの例では、休眠がダイレクトに適応度に影響しており、その生物の持つ休眠性の戦略に影響を与える大きな要因と捉えられる。
さらに、休眠の諸特性を介して、他種との相互作用に影響することが予想される。たとえば植食性昆虫では、寄主植物や捕食圧のフェノロジーの制約を受けるため、他の種からの間接的な影響が考えられる。さらに、近年の系統解析の手法の発展により、休眠や生活環の祖先形質を復元できることが期待できるようになった。休眠に関わる形質は一般に遺伝率が高いことが知られているが、進化の歴史の中で休眠性に系統的制約の重要性について評価した例はほとんどない。このような、休眠に関わる適応度要素、種間関係、分子系統などの分析を統合することにより、休眠研究の新たな視点が生まれることが期待される。
私の発表では、以上のような観点から、これまでの研究例について簡単にレビューし、議論の端緒を開きたい。