ESJ56 企画集会 T06-1
池田啓(京都大 人間・環境)
系統地理学は、これまでに多くの生物種における遺伝的多型の地理的構造を明らかにしてきた。その結果、更新世の気候変動(氷期―間氷期のサイクル)に伴った生物の分布変遷の歴史という、生物地理学的な知見が深められてきた。しかし、系統地理学は専ら生物地理学における一つのツールであり、そこで示されてきた種内レベルの地理的な遺伝的構造が、進化的にどのような意味を持つか、という点に関しては考えられてこなかった。生物進化の過程を考えるうえで、多くの場合には地理的な隔離が重要である。したがって、系統地理学的に得られた種内レベルの遺伝的分化は、進化の初期段階を意味している。そのため、生物が異所的に進化するメカニズムを探る上で、系統地理学的研究はその基礎となるデータを提供し得る。
これまでの研究から、日本産高山植物の多くは、中部地方と東北・北海道の間で遺伝的に大きく分化していることが示されてきた。これは更新世における分布変遷の歴史の違いを反映しており、中部山岳地域にレフュジアとして隔離された集団が維持されることで、独自に遺伝的分化を遂げたと考えられる。そのため、中部地方と東北・北海道の集団ではそれぞれの地域環境に応じた異なる進化史を経てきたことが想像される。特に、中部地方と東北・北海道の間では、高山帯が分布する標高に大きな違いがあるため、植物の生育する光環境(光の強度)に地域差があると考えられる。本講演では、アブラナ科のモデル植物であるシロイヌナズナに近縁な日本産高山植物ミヤマタネツケバナを例として、地域間での遺伝的分化に伴った光環境への適応進化の実態を明らかにする試みを紹介する。特に、フィトクロムは植物が光に応じて発芽・開花する上で制御の中枢となる重要な分子であり、これについて関する分子進化学的・生理学的な側面に焦点をおいた研究を発表する。