ESJ56 企画集会 T06-2
土松隆志(東大広域システム)
他殖的状態から自殖的状態への進化的推移は、被子植物においてもっとも一般的な現象のひとつである。シロイヌナズナ属(アブラナ科)における祖先的な状態は自家不和合性に基づく他殖的状態であったが、自家不和合性の崩壊にともない複数回独立に自殖性が進化したことが知られている。我々は、自殖種シロイヌナズナにおける自殖性の進化にかかわる遺伝子群がどのように集団中に広まっていたのかを知ることを目的に、それらの遺伝子群の集団ゲノム学的解析から過去の自然選択の検出を試みた。ゲノム上の塩基配列の多様性は、自然選択だけではなく、種内のそれぞれの分集団が辿った分布拡大や交雑などのデモグラフィックな効果に大きな影響を受ける。しかし、デモグラフィックな効果はゲノム全体に影響を与える一方自然選択はターゲットとなる遺伝子領域のみに影響を与えるため、両者は峻別可能であることが期待される。我々は、自殖性の進化に関わる遺伝子の周辺領域は集団のデモグラフィーから期待されるパターンとよく合致したのに対し、自殖性の進化に関わる遺伝子はそのパターンと大きく外れることを発見した。このことから、自殖性の進化には自然選択が関わった可能性が考えられた。自然選択のかかったと考えられる時期は、シロイヌナズナの分布拡大時、ヒトがヨーロッパに農業を導入した時期と符合しており、シロイヌナズナにおける自殖性は農地など撹乱地への適応である可能性も考えられる。とくに集団ゲノム学の観点から、適応プロセスの研究一般に系統地理学的なデータを取り入れる重要性にかんする議論を行う。