ESJ56 企画集会 T06-4
東樹宏和(産総研)
すべての適応的分化は、種内の変異からはじまる。適応的分化によって多様な生物が生まれるしくみをひも解くには、「分かれはじめたばかり」の個体群どうしを比較するのが有効である。その上で、分子マーカーを用いた系統地理学は、進化生態学の仮説検証を行う上で強力な道具となる。本発表では、系統地理学の情報を活かして適応的分化のしくみをどう解き明かすか、植食性昆虫と寄主植物の共進化を例として議論する。研究対象のツバキシギゾウムシは、極端に長くてかたい口器(口吻)をもつ種子食者である。雌のゾウムシは、この口吻をヤブツバキの果実に突き立てて穴をあけ、その穴に産卵管を差し込んで、中の種子に産卵する。一方のツバキは、種子をとりかこむ果皮を厚く進化させて対抗している。興味深いことに、ゾウムシの口吻長とツバキの果皮の厚さのそれぞれには、大きな地域変異がある。また、長い口吻をもつゾウムシがいる地域には、厚い果皮をもつツバキが生育している。つまり、共進化(軍拡競走)の進行状況が地域によって異なっているのである。では、この地域変異を利用することで、共進化がいつ始まり、どのような要因によって促進されてきたのか解明できないだろうか? ゾウムシとツバキの両方で行われた集団遺伝学的解析を紹介しながら、系統地理情報の有効な利用法について提案したい。また、共進化過程の地理変異と系統地理学をもとにして、何を明らかにしていけるのか、今後の展望についても議論したい。