ESJ56 企画集会 T11-5
岡安 智生(東京大・農)
放牧移動性は、移動放牧における最も特徴的な性質の一つである。移動性には、不安定な自然条件への適応、災害に対する脆弱性の低減、放牧圧分散による草地への負荷の低下など、様々な機能が認められてきた。移動性は多様な空間時間スケールを持ち、移動パターンは様々な政治・経済・自然的な要因により異なり、スケールによってもその支配的な要因が異なることがわかっている。
本発表では、移動放牧の主たるスケールのうち、日々の移動(数km)および季節移動(数十〜数百km)の2つのスケールにおける移動性と土地荒廃および牧民の生存戦略の関連性を、モデルシミュレーションにより例示する。
まず日々の移動については、放牧の集中する場所(井戸、キャンプ地、都市など)の空間時間的配置の差異が土地荒廃面積に与える影響について調べた。その結果、喫食・草本相互作用を通して、配置の差異は土地荒廃面積に強い影響があることがわかった。これは、近年の放牧の集中する場所の配置の変化による局所的砂漠化の起源と解釈できるほか、non-equilibriumな環境だけでなく、equilibriumな環境においても、移動放牧環境での牧養力に基づいた放牧計画の非有効性を示している。
季節移動については、移動・家畜売却・飼料購入などの選択肢から経済的に最適な行動をする多数のエージェントを組み込んだシミュレーションを行ったところ、活発に移動し家畜数の多いグループと、あまり移動せず家畜数が少ないグループに内発的に分化し、かつそれが共存する解が得られた。移動性を制限すると、この共存解は得られず、家畜の少ないグループが消滅した。即ち、移動性は上に示した機能のほか、異なる放牧戦略とその共存、ひいては牧民間の社会関係の基盤をなしているが示唆された。