ESJ56 企画集会 T18-3
山村光司(農環研)
メタ個体群は不完全に分断された局所個体群の集まりからなる系としてとらえることができる。もし系内を完全に自由に移動することが可能であれば,これはメタ個体群ではなく単一個体群であり「理想自由分布」に近い状態が達成可能であるから,資源利用圧が空間的に一様化する。密度−増加率曲線の形によっては,系が破綻する直前まで個体群の増加率は低下しない,いわゆる「共有地の悲劇」の状態が生じ,最終的には個体群全体が絶滅する。しかし,不完全に分断されていると,自由に移動ができないために資源利用圧が空間的に集中化する。理論的に知られているように,資源利用圧のこのような集中化は個体群全体の安定性を高める。局所的に絶滅が生じるという極端なケースを思い浮かべると,この現象が生じる理由は直感的にも理解しやすい。個体群が局所的に資源を食い尽くして絶滅してくれれば,資源の枯渇は局所にとどまり系全体には波及しないから系全体の安定性がもたらされる。実際には必ずしも局所的に絶滅する必要はないが,一般的には「局所個体群が不安定であるからこそメタ個体群が安定化している」と表現することも可能であろう。かつては「局所個体群間の相互移動は系を安定化させる」と安易に考えられていた時代があった。野外個体群の一部を観測すると確かにそのように見えてしまう。平均増加率が高まるために分散能力の進化も生じたであろう。しかし個体群全体を見渡した場合には過度の相互移動は系を不安定化させる。こうした「ローカルレベルの不安定性=グローバルレベルの安定性」といった関係をシミュレーションで生成するのは容易であるが,工夫をすれば野外実験でもこの現象を発生させることができる。キャベツとモンシロチョウ幼虫の実験系を用い,局所個体群が不安定性な場合にメタ個体群の安定性が高まる例を示したい。