ESJ56 企画集会 T28-1
嶋田 正和(東大・総合文化・広域)
従来の進化生態学では、遺伝子発現の調節や脳−神経系が司る学習行動、表現型可塑性の生理的適応などは、至近要因として片づけられてきたが、最近、遺伝的同化説(West-Eberhard 2003)や促進的表現型変異説(Kirschner and Gerhart 2005)が台頭してきた。これらは、行動的適応や生理的適応が遺伝システムの中に取り込まれる生物学的機構の理解に基づき、20世紀前半に活躍したBaldwinやSchmalhausenからWaddingtonを経た系譜につながる。例えば、多くの動物は餌を探すとき、周囲の環境からの条件に依存したキューを頼りに、さまざまな探索の学習行動でその在りかを特定している。学習には脳-神経系のシグナル伝達系が関与し、その作動にはコストがかかっているため自然選択を受ける。そのため、学習行動は進化するのである。また、天敵と餌種の関係では、表現型可塑性によって1世代のうちに自らの形態を変え、それによってうまく捕食者を回避させたり、効率よく採餌することが知られている。表現型可塑性の生物学的機構は、外界からのシグナル分子を受容体がキャッチすることで、遺伝子発現する際の調節領域でのスイッチのON/OFF、そしてシグナル伝達を介して遺伝系に取り込まれるボールドウィン効果、遺伝的同化などが作動する(Kirshner and Gerhart 2005)。これらの生理的適応は、生物個体をシステムとして捉えるシステム生物学の視点である。
学習や可塑性に基盤を持つ迅速な適応性は、引いては表現型を支える遺伝的変異に自然選択がかかることで、より長い時間スケールの適応進化をもたらすようになる。このように、「適応性」にはさまざまな時間スケールの生物学的機構が関与しており、学習行動・可塑性と進化的適応の両方を取り込んだ新しい次元の進化生態学の構築が必要となるだろう。