ESJ56 企画集会 T28-3
岸田 治(京大・生態研)
表現型可塑性とは、同一遺伝子型の個体が環境の違いに応じて異なる表現型を発現することである。最近、生態学者が注目する表現型可塑性に、捕食者の誘導攻撃と、被食者の誘導防御がある。誘導攻撃とは、捕食者が特定の餌種の存在に応じて、捕獲に適した表現型を発現することであり、誘導防御とは被食者が特定の捕食者の存在に応じて、被食を回避するための表現型を発現することである。一般に、捕食−被食関係は時間的に変化しやすいこと、また捕食者の攻撃的表現型と被食者の防御的表現型は、発現や維持に適応度コストを被ることから、誘導攻撃と誘導防御が適応的な表現型可塑性になりうる。
本講演では、エゾサンショウウオの幼生とエゾアカガエルのオタマジャクシにみられる誘導攻撃と誘導防御の話題を中心に、表現型変化の適応的意義について紹介したのち、これらの機能的な表現型可塑性を背景としたダイナミックな個体間相互作用と、その帰結としての個体数変化について解説する。具体的には、(1)エゾサンショウウオ幼生の共食いが、表現型可塑性による種内個体間の表現型分化の結果として起こること、(2)この表現型分化は、捕食リスクがあるときに抑制されるため、捕食者(オオルリボシヤンマのヤゴやエゾサンショウウオの前年孵化幼生)がいる場合には共食いがほとんど生じなくなること、(3)エゾサンショウウオ幼生の共食いが、他の餌種(エゾアカガエルのオタマジャクシ)の誘導防御によって強められること、を示した研究を紹介する。講演を通じて、表現型可塑性による迅速な適応と、そこで生じる個体間の異質性が、捕食者と被食者の個体数動態を理解するうえで無視できない要素であることを指摘したい。