ESJ56 宮地賞受賞記念講演 1
岸田 治 (京都大学生態学研究センター・日本学術振興会特別研究員)
生物を取り巻く環境は一定ではない。環境が変われば個体の形質も多かれ少なかれ変化するわけだが、 特に目を引くのは生物間相互作用の生起に応じた劇的な形質の可塑性であり、これはしばしば適応論的 な解釈の対象となる。生態学者が表現型可塑性の適応性に注目するのは、適応的な形質変化が相互作用 の強さを変えることで個体群や群集の動態に深く関与すると考えられるからである。演者は、エゾサン ショウウオの幼生とエゾアカガエルのオタマジャクシを材料とし、彼らが遭遇するさまざまな捕食−被 食相互作用のもとでの形態変化パターンとその機能を調べ、表現型可塑性の多様性と生態学的意義につ いて考察してきた。
2種の両生類幼生は、環境中の捕食者の種によって異なる形へと変わる。オタマジャクシはヤンマの ヤゴがいる環境で尾鰭を高くする。尾鰭の伸長には、遊泳力を向上したり頭胴部への致命的攻撃を減ら したりといった、被食回避の機能がある。オタマジャクシはサンショウウオ幼生がいるときには、尾鰭 を高くするだけでなく頭胴部を膨らませる(写真上)。サンショウウオ幼生はオタマジャクシがいる環 境で大顎化するほどの強力な丸のみ型捕食者であるため(写真下)、オタマジャクシの膨満化は捕食者 への対抗的適応といえる。サンショウウオ幼生も被食者の立場に置かれた場合に尾鰭を高くするが、他 の部位に捕食者特異的な応答を示す。同種の大型個体から共食いされる環境では、丸のみを物理的に防 ぐべく頭部に突起状の構造を発達させる。一方、ヤゴがいる環境では行動的な防御を補助するために外 鰓を伸ばす。こういった形態可塑性は種特異的であるがゆえ、複数の相互作用種が同時に存在する場合 には発現量が抑制される。実際、サンショウウオ幼生とオタマジャクシの対抗的な可塑性(大顎化と膨 満化)は、ヤゴがいる場合に弱まる。一連の研究は、生物群集の動態が個体の適応を介し、種内表現型 の著しい多様性を生み出すことを示唆する。さらに最近の研究から、可塑性が捕食者と被食者の個体数 に影響することがわかってきた。たとえば、サンショウウオ幼生に対するオタマジャクシの膨満化が、 オタマジャクシの被食数を減らし、サンショウウオ幼生同士の共食いの頻度を高めるのである。形態可 塑性が広くみられる水域生態系の生物群集の構造と動態を理解するには、生物間相互作用と個体の形質 変化の相互関係を紐解くことが有効になるかもしれない。